広済寺
 
 
 
 
 

 

「弘慈広済寺」とも呼ばれ、阜城門内の西四にある。仏教の著名な古刹の一つで、中国仏教協会がここに設置されている。1983年、国務院から漢族地区の仏教全国重点寺院に指定された。

広済寺は最初、西劉村寺と名づけられた。宋代末年の建立。清代初年、恒明法師が律宗の道場に改め、戒壇を設けて戒めを伝えた。順治十三年(1656)、世祖愛新覚羅福臨が遊歴したことがある。清政府は広済寺に非常に関心を寄せ、何度も修復や拡張を行ったが、基本的には明代の再建時の配置を保持している。

中華人民共和国建国後、人民政府は52年に資金を拠出して全面的な修復を実施。59年、中国仏教協会が北京に発足することになり、広済寺に設けられた。

敷地面積は約2.3ヘクタール。南側に向き、中軸線上に順に山門殿、弥勒殿(天王殿)、大雄宝殿、圓通殿(観音殿)と多宝殿が並ぶ。

広済寺には多くの明清時代の仏像が安置されているほか、貴重な仏教経典や碑刻なども数多く収蔵している。

大雄宝殿には乾隆五十八年(1793)に鋳造された青銅製の宝鼎がある。高さは2メートル余り。文様の刻まれた石座に置かれ、本体には「仏教八供」(輪、螺、傘、蓋、花、瓶、魚、結)などの文様が鋳られている。造型は古風で質朴、上品であり、技術力に優れた貴重な芸術作品である。

広済寺は膨大な仏教経典を珍蔵している。図書室だけでも23種の文字、10万冊以上の経典、著作を収蔵。『大藏経』は版本だけで12種にのぼり、中国仏教の発生と発展、変遷の重要な史料、中国の伝統文化の重要な一部でもある。境内にはさらに、1721-1753年に甘粛臨潭県ツォニ寺が印刷したチベット語の『大藏経』がある。計231包み。仏教の希少な文書である。

 

住所:西城区阜成门内大街25号

电话:010-66162847

拝観料:無料

交通:トロリーバス102、103番、路線バス13、709、808番などで西四下車。

 

「チャイナネット」2008年11月21日